ロレックス「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」/時計にまつわるお名前事典

 どんなものにも名前があり、名前にはどれも意味や名付けられた理由がある。では、有名なあの時計のあの名前には、どんな由来があるのだろうか? このコラムでは、時計にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介する。
今回は、今や現行ステンレススティールモデルの入手が極めて困難なロレックス「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」の名前の由来をひもとく。

ロレックス「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」

オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ

2016年のバーゼルワールドで発表された現行の「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」のホワイトダイアルモデル。Ref.116500LN。傷に強いセラミックス製ベゼルを装備。SSケース(直径40mm)。100m防水。

ロレックスのホームページで「コスモグラフ デイトナ」を見ると「1963年に誕生したコスモグラフ デイトナは、プロのカーレーサーのニーズに応えるよう設計された」とある。以降にもレースのイメージがちりばめられ、この時計がカーレースのためのモデルであるような印象にされている。「デイトナ・インターナショナル・スピードウェイは1959年にオープンし、以来ロレックスは同サーキットのオフィシャルタイムピースを務めている。数年後、このアメリカのレーストラックとの関係を深めるため、新しいモデルをコスモグラフ デイトナと名付けた」という記述もある。

デイトナビーチ

デイトナ・インターナショナル・スピードウェイがオープンする前の1955年のデイトナビーチ。

デイトナ・インターナショナル・スピードウェイ

1959年にオープンしたデイトナ・インターナショナル・スピードウェイの現在の様子。

だが、これをそのまま信じるのは難しい。後からつくった物語のようなのだ。

というのも、だいたい名前がおかしい。「コスモグラフ デイトナ」の正式名は「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」。しかしそれ以前は「オイスター パーペチュアル コスモグラフ」で、「デイトナ」という名が加えられたのは2000年の自社製ムーブメントCal.4130搭載になって以降のことだ。

Cal.4130

ロレックス 偽物が自社開発し、2000年に登場したクロノグラフムーブメントCal.4130。クロノグラフの作動制御をコラムホイールで、クロノグラフ機構への動力伝達を垂直クラッチで行う。耐衝撃性と耐磁性に優れ、温度変化による誤差が小さい独自のブルー パラクロム・ヘアスプリングを搭載。自動巻き。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。

だから「1963年に誕生したコスモグラフ デイトナ」という記述はまったくの誤り。そして、たった「数年後」に「コスモグラフ デイトナと名付けた」のではなく、たっぷり「数十年後」とすべき。つまり相当真実と違う。で、そうなると「プロのカーレーサーのニーズに応えるよう設計された」というのも疑わしくなってくる。まさに物語のように思えてくるのだ。

では、なぜロレックスはそんな物語をつくりたかったのか。そもそも「デイトナ」とは何なのか。その疑問を解くため、まずは歴史を辿ってみよう。

「コスモグラフ デイトナ」の最初のモデルが誕生したのは1963年。まだクロノグラフが自動巻き化される以前で当然「パーペチュアル」ではなく、またクロノグラフを完全防水にできなかったため「オイスター」ではないが、一応防水仕様であったことから「オイスター コスモグラフ」と名付けられた。そしてその一部に「DAYTONA」という文字がダイアルに入れられたモデルが存在した。それがデイトナ・インターナショナル・スピードウェイにちなんでいたのは事実だ。ただ「デイトナ」というのはモデル名ではなく、要するに、ダイアルのバリエーションにすぎなかったのである。

コスモグラフ デイトナ

1963年に登場した「コスモグラフ デイトナ」。まだプッシュボタンはねじ込み式ではない。

で、ここからは私事だが、筆者は1980年代に「第3世代」「サードモデル」などと呼ばれる、オイスターケースでクロノグラフのプッシュボタンがねじ込み式になった手巻きの最終モデルの「オイスター コスモグラフ」を所有していた。当時はまだ現行モデルで、ロレックス人気が世界中で爆発していたころ。日本でもバブルと重なり、ロレックスが最高のステータスシンボルになっていた。

ところがそんななかでも「オイスター コスモグラフ」はまったくの不人気であった。後で知るのだが、世界的にも不人気であったらしい。クロノグラフというのがロレックスっぽく思われなかったし、手巻きもロレックスっぽくなかった。ムーブメントが他社製(ムーブメント専業メーカー「バルジュー」のエボーシュムーブメントを採用)というのもロレックスっぽくなく不評だったのだ。

そういうわけで「オイスター コスモグラフ」の流通量は多くなかっただろう。そのなかでもダイアルに「DAYTONA」と記されたモデルを見ることは少なかった。だから「デイトナ」は本当にごく少数だったのだと思う。

しかしそれが突然、世界的な大人気になる。1988年ごろに「オイスター コスモグラフ」の生産終了が決まり、まもなく自動巻きの「オイスター パーペチュアル コスモグラフ」が発表された。すると「オイスター コスモグラフ」が、たちまちヴィンテージモデルとして急激な価格高騰を始めたのだ。

オイスター パーペチュアル コスモグラフ

1988年に登場した自動巻きの「オイスター パーペチュアル コスモグラフ」。Ref.16520。搭載するムーブメントは、ゼニス製のエル・プリメロをベースに、振動数を毎秒10振動から毎秒8振動にモディファイして採用していた。

その理由は分からない。ただ記憶しているのは、その直前にイタリアの『L’ UOMO VOGUE』誌のファッションページで「オイスター コスモグラフ」が使われたこと。それがきっかけとなり、イタリア発で世界的なブームが起こったのではないか、と思うのだ。そしてひときわ人気を集めたのが、もともと数が少ない「デイトナ」の、さらに数少ないユニークダイアルだったのである。

ちなみに、筆者が所有していた1980年代には「オイスター コスモグラフ」はその不人気ゆえにしばしばディスカウントショップなどで新品が10万円ほどで売られていた。そして丸の内の交通公社ビルにあったロレックスのサービスセンターに行くと、5万円で好きなダイアルに交換することができた(ダイアル、針、ベゼルの一式交換)。つまり「デイトナ」のユニークダイアルの新品を約15万円で手に入れられたのだ。

“ポール・ニューマン”モデル

1960年代製の通称“ポール・ニューマン”モデル。このモデル特有のユニークダイアルは、コレクターを筆頭に極めて高い人気を誇る。オークションでは常に高値で落札される激レアモデルだ。

と、まぁ、そんなふうに、以前は15万円でも見向きもされなかったモデルが、あっという間に100万円、200万円、500万円、700万円と大人気になったわけである。そうして「デイトナ」という名前が世界中に浸透したのだ。

で、それだから、ロレックスはこう考えたのではないか。ならば、すべてのダイアルに「DAYTONA」と表記してしまおう。モデル名にも「デイトナ」と入れてしまおう、と。

では、もう一方の「コスモグラフ」とは何か。「COSMOGRAPH」が「COSMOS」=「宇宙」にちなんでいることはほぼ確実だろう。1960年代初頭といえば、アメリカのNASAが宇宙計画を進めていた、世界中が宇宙ブームであった時代だ。だから「コスモグラフ」は宇宙での使用を目指したモデルだったのではないか。あるいは、NASAの公式時計を狙ったモデルだったのかもしれない。実際、オメガ「スピードマスター」がNASAに選ばれたとき、競合した2社のうちの1社がロレックスであったのだ(もう1社はロンジン)。とにかくこの時代は、ブライトリングやタグ・ホイヤー、ロンジンなどが競って宇宙用のモデルを開発していた。そんなことを考えると、やはり「コスモグラフ」が宇宙用であったというのが妥当に思えるのだ。

さて、整理すると、まず「デイトナ」というのは後付けの名前である。そして「コスモグラフ」は宇宙を表していると思われる。よって「プロのカーレーサーのニーズに応えるよう設計された」というのには相当無理がある。これはやはり物語なのだろう。

してみると最大の疑問は、なぜダイアルに「DAYTONA」と記したのかということだ。多くの文献では、当時のアメリカ市場でのPRのため、とされている。きっとそうなのだろう。

だが、同じくロレックスが力を入れてスポンサードしているゴルフやテニスなどにはそのような例はない。ダイアルに「WIMBLEDON」と記された「デイトジャスト」とか「サブマリーナー」なんていうのがあれば絶対に大人気になるだろうに。しかし、そういうアザトイことをしないのがロレックスなのだ。そしてなぜか「コスモグラフ デイトナ」だけは驚くほどあからさまなのである。

そう思うと、やはり「コスモグラフ デイトナ」はロレックスっぽくないのだろう。そして案外、そこが一番の魅力なのかもしれない。

2016年登場の現行「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」のブラックダイアルモデル。Ref.116500LN。セラミックス製ベゼル×SSケース(直径40mm)。100m防水。